最近よく音楽家さんや関係者さんにお伝えすることがあります。
それは何かというと
「音楽家さん、お客様(聴衆)、わたしたち(運営)
この三者というのは本当の意味で"対等"でなければいけない」
ということです。
"対等"というのは優劣がなく平等というイメージを持つかもしれませんが
そんな短絡的な解釈ではありません。
優劣はある分野においてはどうしたって生じます。
それも「何を優劣とするのか…」なので、なんとも言えないところですが。
例えば、私たちは音楽家さんのように巧みに演奏することができません。
だから役割分担をしているわけなのですが。
本当の意味での対等とは?
本当の意味での平等とは?
それぞれの役割を理解し、信頼関係のもとで、それぞれの役割をまっとうする関係であることなのでは、と思います。
音楽家さんは音楽家さんの役割があり、
お客様はお客様の役割があり
運営者は運営の役割が、それぞれあるのです。
たとえ一致するものがあったとしても、すべてが重なることはありません。
(だから面白いものができるのではないでしょうか)
才能に恵まれ、計り知れない努力によって演奏される音楽家さんがいて
音楽を愛し、そのパワーに可能性を感じて足を運ばれ、生の演奏に触れるお客様がいて
尊いクラシック音楽を守っていきために、それらを結ぶ運営者がいる。
それぞれが役割を果たし、心から「良かった!」と思えたら、大成功です!
Win-Win-Winの関係が成り立って、初めて"対等"となるのではないでしょうか。
よく、クラシック音楽は尊いものだからといってボランティア的な考え方で運営する方もたくさんいらっしゃいます。
もちろん、そうやって守っていくことも必要かと思います。
ですが、より発展的なものにするために、
わたしたちはビジネス的な要素を大切にします。
「良いことやっているよね」と言われたいからやっているわけでもないですし、良い話だけで終わらせたくないからです。
ですので、
音楽家さんが「演奏してやってる」と思うのも違うし
お客様が「聴いてやってる」と思うのも違うし
運営者が「コンサートを開催してやってる」と思いながら成り立っているコンサートがあるとしたら、決して対等ではないと思います。
運営者として音楽家さんへの配慮や敬意を常に忘れずに、お客様へのおもてなしを忘れずに運営を進めるということは
特別へりくだっているわけではなく、実は対等な関係を保つために必要なことであり、良いものを創るうえで大事なことなのではないでしょうか。
私自身は聴衆でもあるのですが、演奏を聴きに行くときは評価しに行くために演奏会に足を運ぶわけではありません!
根源に音楽の持つ力を信じ、聴きに行くのですから
毎回、新しい発見や出会い、感動にワクワクします。
たとえ毎回そうならなかったとしても、やはり音楽家さんへの敬意を忘れることはありません。
素晴らしいホールで、恵まれた環境で音楽を聴けること、たくさんの人が尊いクラシック音楽の存在を支えているということも、無視することはできません。
そんなことを日々、考えながら
わたしたちがやりたいと思っていること、目指してる世界、社会に貢献したいと思っていることがあり、
たまたま、いいね!と思ってくださる音楽家さんがいて
たまたま、いいね!と思ってくださるお客様がいる。
そんな偶然が重なり、誰が上とか下とか、そんなものもなく
それは"偶然"生まれたかけがえのないものとなります。
本当の意味での"対等"な関係だからこそ生まれる、今までどこにもなかった音楽サロンにしていきたいですね!!
なんと・・・!
こけら落としシリーズがあと一回で終わります〜
色々と感じることがある今日この頃です。