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執筆者の写真Misawa Sayaka

なぜ、あなたは音楽を勉強するのですか?

趣味でもプロでも、音楽の勉強するすべての人に問いたい。

「なぜ、あなたは音楽を勉強するのですか?」

はて、

・・・なぜ?!

「もっと美しく演奏できるように技術を完璧なものにしたいから。」

「デビューしてコンサートツアーをしたいから。」

「そんなことは考えたことない。」

「ただただ、音楽が好きだから。」

いろいろな答えが聴こえてきそうです。

この問いに、正解はないでしょう!

むしろすべて正解とも言えるかもしれません。


私ははしつこいようですが、感動する力の正体を知りたいから・・・。

これに尽きます。

(もっと正確に言えば、それを少しでも多くの人に伝えるために、音楽は欠かせません。)


そして

音楽は謎が多い。

なぜ追求したくなるのかを逆に知りたいから、勉強を続けたいと思います。

うまくなって美しく弾けるようになりたくて自分の理想、美学に近づくも良し。

デビューして売れっ子になっても良し。

本当に答えはありませんよね。

ただ、やっぱり

「なぜ音楽なのか?」

そこに太い一本の幹が通っているか否かで、

音楽家としての魅力がグッと変わってくるなという印象を受けることがあるというのは、聴衆としてのたった一つの意見です。

いや

音楽家としての、というよりも

人間としての魅力、とも言えるかもしれませんね。

すべては繋がっていますから。


ピアニスト、作曲家、教師、作家でもあるセイモア・バーンスタイン氏の

『心で弾くピアノ』という本にこんなことが書いてありました。

 

間違った動機による音楽の勉強

プロの世界には、野心的な両親や先生に強要されて、幼い頃から1日4〜5時間も練習させられたような音楽家が溢れるほどいる。練習を何かを発見する手段とみなさず、それをしないことは罪だと教えられる。そのような無理強いの教育の犠牲者である子供は、大人になると練習しないことに絶えず罪悪感を感じ続ける。不幸な子供時代と成長後の生活の間になんとか橋をかける者もいるが、あまりに幼い頃に受けた異常なストレスのために傷ついたままでいる者の多い。また、両親や先生に反抗できるほどの年になると、実際に音楽を捨ててしまう者もいる。才能のある人間が、健康で建設的な家庭に生まれ合わせ、なおかつ有能で感受性のある教師に巡り合うことは、ごくまれな幸運に過ぎない。

賞賛や世辞を過度にほしがり、拍手や自己宣伝によってその気持ちを満足させようとする音楽家がいる。これに味をしめると、これこそが音楽の生きがいだ、という誤った感覚を抱きやすい。

また異常に競争心が強く、仲間に敵対心を持つ者もいる。

間違った動機から音楽を強要したことで引き起こされる最も深刻な結果は、演奏家として立つことに失敗し、教師として生計を立てざるを得なくなった音楽家にふりかかるものだろう。そのような人は教えることを特権と考えずに、生徒を叱り、生徒と自分自身の上に破壊的な嵐を巻き起こしてまう。

セイモア・バーンスタイン(佐藤覚、大津陽子)『心で弾くピアノ』音楽之友社、1999(20ページ)

 

このようなバランスの取れた考え方、とても好きです。

というか

共感できます。

ただ、私なりに補足をすると

どんな状況も音楽に関わっていれば、ありえることというか

どれも自然で建設的な選択肢なのではないでしょうか。

先生が厳しくて音楽をやめてしまっても

演奏活動に成功し、賞賛や世事を求めたとしても

ライバルがいて闘争心をむき出しにしたとしても

教師として生計をたてるようになったとしても

たとえどんな選択をしたとしても、

自分のなかの「なぜ音楽を勉強するか?」という

本質的な答えを見失うことがなければ、どんな選択肢も正解なのではないでしょうか。

それによって同じ事実だけど解釈が180度変わります!

むしろ事実自体も変わってしまうかも。

上記のようなことはプロセスに過ぎません。

音楽に関わって、その先音楽をやめてしまった人がいたとしても、その人の人生において必ずなんらかの意味があったのだと私は思います。

決してだから失敗だとは思いません。

(ある方面から見たら失敗、ある方面から見たら成功、でしょう。)

なので私はやっぱり

中長期的に、人生を通して音楽と関わることをおすすめしたいですね!

そして、本質的なこと、大事なことを見失わずに 。

「なぜ音楽を勉強しますか?」

を追求していって欲しいです。

いろいろな答えがきっとありますよね。

今ある自分の答えを大切にしていただきたい、もしくは見つけていって欲しいなと、思うのです。

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